当事者体験談「見えにくさが進んで悩んでいた私が、今思うこと」

最終更新日時: 2021-05-14 10:05:55

当事者体験談「見えにくさが進んで悩んでいた私が、今思うこと」PDFダウンロードリンク (PDF)

 

以下、PDFのテキストです。

(ここから)

見えにくさが進んで悩んでいた私が、今思うこと(50代 女性)

私は網膜色素変性症です。中心暗点で顔の認識や文字処理はできず、周りが少し見える程度です。若い頃視力は両眼1.5で、建築関係の設計で細かく目を使う仕事をしていました。
30歳頃、書類の線がちらつく、小さい字が読みにくいと感じました。仕事による視力低下だと考えて行った眼鏡店で、眼科受診を勧められました。網膜色素変性症と診断されました。医師は、「治療方法がなく進行性の病気のため、将来失明するかもしれない。ただ視力もよく生活の支障もないので様子を見ましょう」と言われました。思い起こせば、テニスをしている時に、ある角度から来るボールが消えたことや、暗い所が見えにくく焦ったことがありました。
“私、将来失明する?”“10年後、20年後は?”“60才くらいには真っ暗?”と想像してみましたが、実感は湧きません。
家に帰り、両親にだけは報告しましたが、「失明の可能性」は口にしませんでした。
数年後、目の前の指先が欠ける。微妙な色の区別がつかない、薄暗いところでバケツや箱を蹴飛ばす、探し物が見つからない等。“やっぱり見えてない。進んでいる。これからどうなるの?”と不安でした。
見えているふりをしてやり過ごしていたものの、それもままならなくなりました。
“このまま仕事を続けていたらいつか大きな失敗をする”“周りの人に迷惑をかける”“会社に言わないとダメだな”“でも会社に言ったら辞めないといけないかも”“どうしよう、どうしよう・・”不安は大きくなるばかりでした。
病気がわかってから8年目に、ついに耐えられず退職しました。
目を使わない仕事を探すものの見つかりません。

ある日の夜、家族で食事に行きました。それまでは誰かの後ろをついて行けたのに、その日は家族がどこにいるのかさえ見えません。それまで両親以外の誰にも話していなかったのですが、もう無理だと思い、一緒にいたきょうだいに「暗い所は見えないので手を貸して」と言ってサポートを受けました。それをきっかけに病気のことを打ち明けました。診断から15年が経っていました。同じ頃、親友にも伝えました。きょうだいも親友も、驚いていましたが気を遣ってサポートしてくれました。その反応を見て、もっと早くに打ち明ければよかったと思いましたが、それ以外の人には言えませんでした。近所の方も誰かもわからず、おそらくとても無愛想な人だと思われていたでしょう。
さらに少しずつ進行しました。
好きな読書もうまく行や文字が追えない、1ページに5~10分もかかる、地下鉄の階段も手すりがないと降りられない。今思えば、恐る恐るへっぴり腰で歩いていたと思いますが、とにかく周りの人に気づかれないようにしたい一心でした。
このように、仕事を辞め、夜は一人では外に出ず、読書も諦めて、一つずつ切り捨てていきました。
そして、昼間さえ人とぶつかることが増えてきました。
“いつか階段を踏み外すかもしれない”“白い杖が必要かもしれない”“いやいや、まだ見えている”心は揺れました。
この頃、眼科医からも障害者手帳や白杖を勧められ、白杖は京都ライトハウスで扱っていると教えてもらいました。京都ライトハウスは家からも近く、よく知っていました。“ライトハウスに入りたくない”“一旦ライトハウスに入ったら視覚障害者の世界に入ってもう二度と普通の世界に戻って来られないのでは?”と気が重いまま、自動扉は開きました。聞こえてきたのはにぎやかな笑い声でした。“イメージしていた雰囲気とまるで違う”

対応してくれた相談員から、白杖を持つだけでなく訓練を受けてみないかと言われました。“まだ見えているのに訓練なんて必要ない”白杖を持ってライトハウスを出てハッとしました。“近所の人に見られたら困る”杖はカバンにしまいました。
翌日同じ相談員から、訓練部の所長の話を聞いてみないかと連絡があり、余り気乗りしないまま話だけならともう一度行きました。所長さんから歩行だけでなく、点字や音声パソコンの訓練があることをお聞きし、週二日程度の訓練受講でもよいと知って、受けることにしました。診断から25年経っていました。

今では、点字で読書をし、音声パソコンは生活に欠かせないものとなっていて、もっと早くに受けていたら良かったと思うほどです。技術の習得以上によかったのは、視覚障害を持つ仲間と知り合えたことです。全盲の人でもマラソンをしている、オカリナを楽しんでいる、これからマッサージの勉強を始めるなどと、自分の道を堂々と進んでおられる姿を見て、生き方や考え方が変わりました。以前は見えないゆえの失敗に一人で落ち込んでいましたが、今では仲間同士で「失敗自慢」をして笑い飛ばしています。

以前は、将来は先細りの暗い人生になるのだろうと思っていましたが、見えなくてもできることはたくさんある、工夫をすれば何でもできる、見えないからこそ分かることもたくさんあると気づきました。見えている世界よりもずっと味わい深く、豊かな世界だと思っています。結構視覚障害の世界は面白く、毎日充実した楽しい日々です。このことを多くの人に、是非知ってもらいたいと思っています。

発行:京都ロービジョンネットワーク
(京都ライトハウス内 事務局/電話075-462-0808)

(ここまで)